沿革
Phase 1
1869年~1960年代
はじまりは、
大阪心斎橋から。
1869 年(明治2)
吉村甚右衛門が住友屋から「いずみや」の屋号を受け、大阪心斎橋で“きんらん商”を営む。
呉服や舞台衣装、表具、茶懐石などの仕事を通じて、百貨店や舞台装飾関係と取引を開始。催事や店頭装飾品、貸物業向け展示などの装飾資材販売を手がける。
1900
1948 年(昭和23)
(株)吉村を設立。創始者・吉村友三が日本で初めて展示装飾材料(色物加工紙)を開発。
「人々の生活に潤いをもたせ、気持ちを豊かにする展示装飾は社会から必ず求められる。」
すでに個人商店として展示装飾資材を販売していたが、事業拡大のため会社設立にふみきる。
「色物加工紙」とは
加工紙とは、紙の製造時にパルプ以外を使用した加工を施したものの総称。吉村友三はザラ紙を転用し、従来より色数の多い色物加工紙を開発。施工の期間短縮・コスト削減を可能にする画期的な色物加工紙は、吉村の事業を飛躍させるひとつとなった。
1955 年(昭和30)
初めて加工紙の見本帳を作成。
アメリカでの視察を行った吉村友三は、ディスプレイ市場の有望性を確信。加工紙の色を50色程度に増やし、見本帳を作成。前年から開催された「日本国際見本市」でも活用された。
1958 年(昭和33)
(株)吉村・東京支店が分離独立し、(株)東京吉村を設立。
1968 年(昭和43)
ディスプレイ専用紙としてカタログ販売を開始。
Phase 2
1970年代~1990年代
NiPブランドへ。
さらなる成長へ。
1970
1972 年(昭和47)
(株)日本インテリアプロジェクト(NiP)を設立。本社を(株)東京吉村に置き、ニップグループを形成。同時にブランド名をNiP に統一。
1972 年頃(昭和47頃)
「スペース号」の活躍。
晴海や幕張では展示会が多数開催されていたが、施工工事は夜間に実施されることが多かった。現場のニーズに応えるため、東京吉村は会場設営に必要とされる応急的な資材を搭載したサービス車「スペース号」を常駐させた。
1974 年(昭和49)
オリジナルディスプレイ紙(加工紙)の企画商品化を開始。
1979 年(昭和54)
NiPとして最初の壁紙総合見本帳「79-81 ニップクロス」を発行。
1980
1984 年(昭和59)
ニップシートを開発、販売開始。
環境問題・コスト低減など、展示形態の変化に柔軟に対応。
1990
1991 年(平成3)
業界に先がけてオンデマンドプリント壁紙に対応。
富士ゼロックスのカラー印刷大型コピー機(ハンビック)とアップル社製パソコン(Mac)を購入。パソコン画面で作成したデザインをプリンタで印刷し、展示会説明用パネルなどをフルカラーで作成。当時はきわめて先端的であった。
Phase 3
1990年代~
すべてはお客様のために。NiPの挑戦は、つづく。
1994 年(平成6)
(株)東京吉村、(株)名古屋吉村、(株)マルヨシインテリア、(株)ニップサンヨ、(株)仙台吉村、(株)広島吉村の6社及びその関連会社を合併し、(株)ニップコーポレーションを設立。
2000
2000 年(平成12)
インクジェットメディア「スペースメディア」を開発、翌年より販売開始。
インクジェットプリンタの普及により、看板業者でも導入が進み始めた。小ロット印刷のため小ロット受注への対応が不可欠だが、NiPの高いデリバリー力で対応。
2000 年(平成12)
他社に先がけて加工紙の2坪巻販売を取りやめ、メーターカット販売を開始。
必要量購入という顧客ニーズに応えるとともに、余剰品の廃棄による環境問題への対応を考慮し、メートル単位の販売を開始。(現在はすべて50m巻ロールからカットして販売。)
2003 年(平成15)
グラフィック不燃防火壁紙を開発、販売開始。
建築法令改正のもとで、グラフィック不燃防火壁紙を開発。2005年からは「ぷリクろ」シリーズとして販売開始。
2007 年(平成19)
創立50周年を迎える。
2009 年(平成21)
商業施設向け新見本帳「CREA」発行。
2010
2010 年(平成22)
顧客向け情報紙「ニップインテリアニュース」を発刊、年4回発行。
2013 年(平成25)
(株)ニップコーポレーション設立20周年を迎える。